副住職の法話推敲記録ノート

信じると成功するのか?

2012.9.30
⇒前回からの続きです。

物事を成功させるには、
心の落ち着き 」が必要です。

歌の発表会など、
多くの人の前でアガッテしまってはうまくいかないでしょうし、

スポーツの世界でも、
「 負けてしまうかも 」 「 勝てるかも 」

心が動揺しているとなかなか成果を出すことが難しいものです。

私たちは、
どんなことでも、

「 成功するだろうか? 」
失敗したらどうしよう 」
「 みんなに(失敗したら)笑われるんじゃないか? 」

心が動揺していると、
自分の持っている能力、自分の実力を、
100%発揮することできなくなってしまいます。

どんなことでも、
心が動揺してると、当然、うまくいきません。

だからと言って、
動揺してはいけない 」と
自分に言い聞かせようとしても

余計に心臓がバクバクしてしまったり、
考えなくてもよいことを考えてしまったり、
心が落ち着かなくなってしまうのが、私たち人間です。

私たちは誰しも、
私の主導権を握っている厄介な「 もうひとりの自分・無意識 」を抱えているのですから、
なかなか私自身を思い通りにコントロールすることが難しいのです。

実は、そんな時、
心強い味方になってくれるのが、

」です。

「 落ち着け、落ち着け 」
と自分に言い聞かせても、なかなか落ち着かないのに、

不安で不安でしょうがないけど、
神さまどうかよろしくお願いします。 」
と願うだけで、

誰でも、不思議心がスッキリします。

これは、
私では受け止めきれない、抱えきれない、背負いきれない不安や問題を、

私とは比べものにならない聖なる存在である 」に、
( もちろんそれが「 」でもいいのですが )

委ねてしまう預けてしまうことで、

大きな 精神的負担を解消できる という仕組みなのです。

絶体絶命のピンチに登板した
リリーフピッチャーが、

大ピンチを切り抜けたときの精神状況について、

「 打たれたらどうしようと不安になりましたが、
こんな大変な局面で、僕を起用した監督が悪いんだと思ったら、

開き直って投げられました。 」

ということがよくあるのですが、
この良い意味での「 開き直り 」という精神作用と共通しています。

前回のブログで私は、

信じて行えば
「 信じない 」でやるよりも、

間違いなく 成功確率が高い と書きましたが、

それは、

成功させることに必要だけれど、
なかなか思い通りにならない心の落ち着き 」は、

「 神 」を信じることによって
「 仏 」に委ねることによって、

得られその結果、

自分の実力が発揮され
成功確率が高まるということなのです。

この、
信じると心が落ち着いて、成功確率が高まる 」

という精神作用は、
宗教の共通の仕組みです。

ある意味、だからこそ、
私たちにとって宗教は必要であり、

だからこそ、
宗教が広がり、これまで途絶えることなく存在している一つの理由となっています。

けれども宗教は、
次の段階に入ると、

実は、共通の「 危険性 」が出現するのです。
<続く>

※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。

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