副住職の法話推敲記録ノート

宗教の危険性、ピンチは最大のチャンス!?

2012.10.9
⇒前回からの続きです。

宗教とは、
信じることによってできる「 迷いのない心境 」によって、
身近でささやかな願い実現できる効果 が期待できるものです。

それを
ある意味、意図的!?に
神や仏が叶えてくれた! 」と

すり替えることによって、
その宗教のファンを増やすものだと言えます。

そして、
私たちは、いったんその宗教のファンになってしまうと、

その神に固執してしまって
普通の状態なら判断できるはずの善悪について、
冷静な判断が出来なくなってしまうのが、

宗教の危険性の一つです。

さて、
私たちの願いは、
始めはささやかでも、次第にだんだん大きくなっていくものです。

お金持ちになりたい 」
「 大好きなあの人と付き合いたい
人気者になりたい 」
幸せになりたい 」
「 仕事で認められたい 」

もちろん、
迷いのない心境で取り組むことによって、
より成功確率が高くなることはある程度期待はできます。

しかし
自分だけのささやかな願いではなく、
他人まで影響するような勝負事、恋愛など、

自分だけの問題でなく、
多くの人にかかわる問題であればあるほど

あるいは、
自分の能力を超えるような願いであればあるほど、

信じることによる「 迷いのない心境 」になれば、
実現可能になるというわけでもなく、
それよりも環境要因本人の素質、運などのほうが重要で、

高い望みを掲げれば掲げるほど、
その実現は難しくなっていきます

また、
絶体絶命の危機を救ってくださいっ! 」
末期のガンを治してほしい 」
「 亡くなってしまった人を、生き返らせてほしい 」

などの「 奇跡 」は起こりえません。

奇跡 」は起こるものではなく、

ただ、私たちの内面が劇的に変わって、
現実を受け入れる心境になって癒されるのが宗教の本質です。

つまり、
私たちの欲望が大きくなっていけばいくほど
例え一生懸命信じたとしても、
その実現可能性はどんどん低くなっていくのです。

そして、不可能なことはどんなに願っても不可能なままです。

全く当たり前のことです。

さて、普通に考えればこの状況。

「 な~んだ。結局、信じたって何も叶わないじゃないかっ 」
となって不思議はありません。

宗教信じるのや~めた! 」

もし、
私たちみんながそう思うようになってしまったら、
宗教そのもの、その存在の重大な危機を招きます。

言わば、
宗教の最大のピンチ!!

しかし
このピンチこそ、

実は、
最大のチャンス!?なのです。
<続く>

※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。

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