副住職の法話推敲記録ノート

危険な宗教の見分け方

2012.10.25
⇒前回からの続きです。

これまで、
宗教の仕組みと危険性について述べてきました。

これは、
いわゆる新興宗教のみについてのことではありません

伝統宗教も歴史の中で、

神が望んでおられる 」を旗印に、
聖地奪還を目指して宗教戦争を引き起こしました。

数え切れない犠牲者を出し、

奪還を果たした神殿では、
異教徒の血の海の中、

神に感謝の祈りが奉げられました。

その後、
二百年にわたる争いの歴史。

これを宗教の危険性といわなければ、
他に、何と表現できるのか?

私の神の素晴らしさだけを証明するために、
究極にまで自らのエゴを肥大化させた成れの果て。

私たちは、
そこまで宗教にはまり込む前に、

冷静に判断をしなければならないはずです。

そもそも、
ほとんどの宗教は発生当初

権力を否定し、対立することなどによって、
必然、過激になるものです。

そして、
長い歴史を経て、

広く一般の人たちに根付くことによって、丸く落ち着くものでもあります。

今現在、過激である新興宗教!?も
いつか落ち着くのかもしれません。

宗教の違い、神の違い、仏の違いに関係なく、

全ての宗教に共通する仕組み、
信じること の危険性

私たちが
ささやかな願いを込めて、心の拠りどころにしているうちは安全です

大いに心の拠りどころにして、
夢に向かって立ち向かい、人生を歩んでいけば良いと思います。

しかし、
それがいつの間にか、

狂信になって、
危険なものに変わってしまいます。

それ以前にできたはずの冷静な判断が失われてしまうのです。

その分岐点

その分岐点は、
以前に取り上げた魔法の言葉

あなたの信じる力が足りない 」です。

この言葉以前であれば
私たちは冷静な判断がそれなりに出来ますが、

この言葉以後は、
その宗教にはまり込み、冷静な判断出来なくなってしまうのです。

危険な宗教とは、
伝統宗教、新興宗教に関係なく、

信じる力が足りない! 」と あなたに迫る 宗教です。
<続く>

※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。

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