副住職の法話推敲記録ノート

信じることの危険性

2012.10.28
⇒前回からの続きです。

絶滅に瀕しているわけでもない、
クジラの猟をして食することはいけないことなのか

私たちの食卓にのる多くの
そして、豚などの家畜の肉。
それらの
動物は食べても良いけれど

クジラだけ!?は食べてはいけない

何故か

神様は、や豚などは人間が食べるものとして作ったけれど、
クジラは人間が食べるものとして作っていない。 」

そう「 信じている 」からです。

だから!?
クジラを捕って食べている「 他人 」の行為が許せない

実際に、
捕鯨調査船の活動を妨害することも当たり前

一方、
イスラム教では、
豚肉を食べてはいけませんし、

インドでは、原則、
神聖な牛を食べることはありません。

これらも、宗教上の理由で、
食べてはいけないものと「 信じている 」から
そうしているのですが、

豚肉や、牛肉の問題は、
その宗教を信じている「 」や、
同じ宗教を信じている「 私たちについての

信仰上の制約であり、聖なる行いなのです。

つまり、
」が豚肉を食べてはいけないからといって

他の宗教を信じていて、
平気で豚肉を食べる「 他人 」を批判したり

養豚場の経営を妨害するような行為はしないのです。

信じることとはあくまで、
私の私による私のための 」行為の範囲内
神聖なものであって、

他の宗教を信じる
他人 」にまで拡大して強制してしまう行為そのものが

トラブルです。

神の教えで、
人工中絶はいけないことだからと、

その手術を行っている医師の個人情報を特別にさらして、
生命の危険にさらすような行いなど、

全くその典型です。

ただし、私はここで、
特定の宗教やその神、教えを否定したいのでは、全くありません

繰り返しになりますが、
クジラを食べないことも人工中絶を認めないことなども、
あるいは、どんな教えでも!?

そう信じる人たちのみでしていただく分には、
何もありませんしその考え方を尊重すると言う立場であり、

他人に強制する行為についてのみ、
おかしいと言っているのです。

そして、そもそも、
どの肉を食べて良いのか悪いのか?

人体に影響があるとか、
その種が絶滅してしまうとか、

それぐらいの基準でしか判断できないものを、
宗教的に理由をつけてしまうわけですから、

どちらが正しいとか、優劣などつけようがないのです。

そしてこれは、
肉だけの問題ではありません。

実は、
宗教そのものでさえ、

そもそも、
どちらが正しいとか、優劣などつけようがないのです。

この宗教だけは事実、真実で、その他の宗教はまやかし。 」
「 人間の精神に一番良い影響を与えるのは、この神様に間違いない! 」

果たしてそんなことが言えるのか?
言えるとしたら、何を根拠に言えるのでしょうか?

宗教が違えど、神が違えど、教えが違えど、
その真実性効果の根拠を、

現実 」を拠りどころとせずに、

信者の
信じる力 」に求めている限り、
どんな宗教も50歩100歩です。

実は、
「 信じること 」そもそもが持っている本質の危険性は、

この、
他者否定現実無視の面にあるのです。
<続く>

※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。

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