副住職の法話推敲記録ノート

素直になることの難しさ

2013.6.13

今、あなたの目の前に、
右と左、二手に分かれている道があります。

あなたは、右の道に進もうと思います。

しかし、
不思議なことに、
あなたの意識に逆らって、

体が勝手に、
左の道を進んでいってしまいます。

「 右に行かなきゃ 」
思えば思うほど、どんどん左の道を進んでいってしまいます。
「 自分自身が思い通りにならない 」
実は、私たち人間は誰しも、
程度の違いこそあれ、この不思議!?な体験をし続けている存在なのです。

これは、私たちは、
私という「 意識 」のみだけではなく、
無意識、本能、潜在意識、esといった、もう一人の人格を、
そして、
なかなか私の言うことを聞かない、駄々っ子のような、

そんな「 もうひとりの自分・無意識 」を、
例外なく誰しもが抱えているからなのです。
そして、
その「 もう一人の自分・無意識 」が私の主導権を握ってしまっている。
このブログのメインテーマの一つといも言える、
「 もうひとりの自分・無意識 」で、

そのようなことを書いてきました。
前回、
「 自分に素直になること 」の難しさと大切さについて実感したと書きましたが、
その素直になるべき自分とは、ある意味、
まさしく、この「 もうひとりの自分・無意識 」のことなのです。
つまり、

自分の「 本能 」に素直に、
自分の「 潜在意識 」に忠実に、
・・・・・。
食欲、睡眠欲、性欲、さまざまな欲望など、
本能に素直になることが、果たして可能なのか?
文章にしてみるだけでも、
怖ろしく感じてしまいます。
私たち人間は、
それらの欲望を理性でコントロールできるからこその人間であるはずです。
しかし、
だからといって、
私たちは、その「 もうひとりの自分・無意識 」を完全に無視することはできませんし、
「 私 」 が 「 無意識 」を
完璧に支配することは不可能なのです。
<続く>
※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。

 

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