副住職の法話推敲記録ノート

グリーフケア、戒名の役割

お寺に入る前の職場の機関紙に文章を投稿させていただいています。
その18です。

『グリーフケア、戒名の役割』です。

aichiminiren201609

『団塊の世代がいよいよ70代を迎え、
いわゆる「多死社会」に突入していく中
変わりゆく葬儀」「新しいお墓」「終活」など、

最近はテレビ、新聞などメディアでさかんに取り上げられ、
より関心が高まっています。

 

遺骨をバルーンに入れて宇宙まで飛ばす「宇宙葬」
遺骨をペンダントに入れていつも身に着けることができる手元供養
宅配便で遺骨を引き取って合祀するサービス、樹木葬など、

 

目新しく話題性がある新サービス表面的に取り上げて、
「弔う」ということその本質にまで
深く掘り下げられていないと感じてしまうことがあります。

 

最近のデザイン墓石では、
花などの絵を掘るものが増えてきていますが、

以前のTVニュースの特集では、

東日本大震災の津波で小学生の子どもを亡くされた方が、
クリスタル墓石全面に、
その子どもが野球をしていた時の姿の写真そのままを刻まれたことが取り上げられていました。

 

「お墓へお参りにいくたびに、
よりその子どもの姿を(まさにリアルに)思い出すことができる」という
ご遺族がその形を望んでされた気持ちはよくわかります。

番組も好意的に報道されていました。
私たちは、
大切な人であればあるほど
その人が亡くなってしまったことによる喪失感が大きくなります。

近年、
身近な人との死別による悲嘆をケアしようとする「グリーフケア」という言葉で、
さまざまな実践、研究など取り組まれていますが、
非常にデリケートな問題で、
同じ言葉でも人によっては深く傷ついてしまったり、

また、逆に気持ちがほっと救われるようになったりと、

喪失感、悲しみが大きければ大きいほど、
なかなか難しい問題だと感じています。

 

せめてもの「何か」を形にして、
その悲しみの気持ちを癒そうとすることは、
ある意味とても自然な感情なのですが、

 

生前のリアルな姿を形にしたお墓にお参りするたびに、
活き活きとしていた姿を前にするからこそ、

あの時は良かったな」
あんなに元気にしていたのに」
「もう一度会いたい
「あの時以前に戻りたい
どうして震災なんかあったのか」
と気持ちが揺さぶられ

かえって悲しみが増してしまうことになってしまわないかと
心配にもなるのです。

 

むしろ伝統的なお墓の方が、
かき乱されていた気持ちを落ち着かせ、
心静かに手を合わせ
心が癒されやすいのではないかと思えます。
私たちは、
良かれと思ってしたことかえって違う結果を招いてしまうことが、
実はとてもよくあるものなのかもしれません。

 

こと葬儀・お墓などについての新サービスは、
一時的な感情、目先のことにとらわれて、
5年後、10年後、その先にまで、思いをはせることができず、
かえって違う結果を招きかねないものが多いような気がしています。

 

以前、
戒名は何故つけるのか?」「仏教の教えと戒名の整合性は?」「戒名はいらない」などと
一時期話題になったことがありましたが、

 

「亡くなられた人の名前」として広く受け止められている「戒名」をつけるからこそ
大切な人が亡くなってしまったという事実を心が理解しやすくなります。

「何だかまだ実感がわかない
「つい隣の部屋に声をかけそうになる
「声をかけようと思って、あっ、と気づく」

そんな心の収まりがなかなかつかない中、
お仏壇お墓で手を合わせ、

「戒名」を見るたびごとに
少しずつ心がその現実を受け止めようとしていくのではないかと思います。

 

それが生前の俗名のままであれば、
その生きていた時からの継続性によって、
心が理解を深めていくことの妨げにつながってしまう可能性あります。

 

だからといって、
その戒名をつけるだけで高額な戒名料が必要であることについては、
大きな問題だと思っています。

永正寺では、先代の戦後の頃から
信士、信女(一般的に戒名料5万~)を廃止し、
一般的に数10万~となっている居士大姉を皆さんにお授けし、

戒名料はなし、無料としています。』

 

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